
S.Winwood, J.Capaldi,.../Welcome to the Canteen
またしても、今回はレコードとは関係ありません。
以前ぶらぶら旅をしていた頃の話です。
僕はあちこちの国に行く時にテーマを持っていて、それは「なるべくその国の学食でランチを取る」ということでした。だいたいどこの国も首都の名前がついた大学なら公立で学食もあるだろう、と推察して『ちょい安めの普通の味(本当にそうか分かりませんが)』を比べてみたかったのです。もちろんバックパック一つの貧乏旅行だったため、コスト・パフォーマンスの追求にもなるかな・・・という考えもありました。また、殆んど英語の通じない国ばかりを旅していたせいか、大学生なら英語を喋れる人も多いだろう、現地の情報を色々入手できるかも、という安直な発想もありました。色んなメニューを食べたわけでなく、どこもほぼ1回きりの訪問でしたが、なかなか面白かったです!
あくまで独断ですが、良かった学食はハンガリーのブダペスト大学、ポーランドのワルシャワ大学、トルコのイスタンブール(首都ではないですが)大学のものでした。殆んどがバフェット形式だったので並んでいる様々な料理の色、艶、匂い等や、その場所自体のキレイさ等も考慮に入れています。
またイランでの話になってしまうのですが、テヘラン大学で学食を探していた時に、僕を怪しんだ大学教授に呼び止められ、「僕は日本から来た学生で今、旅をしています。食文化を研究していて(嘘です)、味の平均的なサンプルを取りたいから、学食で食べさせてもらえませんか?」と真面目な顔を作って答えました。すると、教授は僕を彼の個室に連れて行き、ピタブレッドのサンドイッチを僕にくれて、チャイを飲みながらいろいろお互いの国の話などをしました。
結構日本のことには興味深々、といった感じで、機械の事やテクノロジーの事を面白そうに質問してきます。僕の方は、ちょっとイランの革命前後の政治的な質問をしてみました。
すると、一言 " It's so delicate question (それはとてもデリケートな質問だ)・・・" と怒った様に窓の方を向いて黙ってしまい、一気に気まずくなってしまいました・・・イスラム主義国家のインテリ層の中では触れてはいけない話題だったみたいです。
そんなこんなで、残念ながら学食の存在は確認出来なかったです。
ワルシャワ大学では、学食を探す途中に日本語クラスの部屋を通りがかり、窓越しに黒板を見てると中にいた生徒達に気付かれ(これがほぼ全員女性なのです)クスクス笑いが始まり、先生(これも女性でした)にも「貴方、何見てるの?」と優しくにこやかに訊かれ、「日本の学生なんだけど、黒板に日本語が見えたから・・・」と説明したら、クラスに招かれ、短時間ですが臨時講師(?)になってしまいました。
先生いわく「女性が多いのは日系企業の秘書になるためで、このクラスはとても人気があるのよ」との事。
ポーランドは美人の産地としても有名でして、妙齢のポーランド女性(約30名)のクスクス笑いの中、滅茶苦茶テレながら日本語を彼女等に聞こえるように張り上げる自分の姿は、あまり思い出したくないものの一つとなっています。
買付でも是非学食に行きたいのですが、時間が限られているため一度も行っていません。まあ中古レコードの買付先はほとんどG7に入っているような国なので、あまり面白みや発見は無いとは思うのですが・・・物珍しさもあってか、学生と話も出来るので結構オススメですよ。
では、今回はこの辺りで。
ディスコ好きな方は、
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クラブでフラッシュは焚けません・・・
滋賀で行なわれたLindstromのライブ、DJ Prins Thomasのパーティーに遠征してきました。
最初はプラネタリウムで行なわれたLindstromのライブ、これも良かったです。シートがリクライニングになっているので、背もたれを倒してずっと天井を見ていました。星がゆっくりと流れる中、曲に併せて時折他の天体や宇宙の映像が挿入され、不思議な感覚を味あわせてもらいました。しかしLindstrom、シャイな人ですね〜。
場所が変わって、次はDJ Prins Thomasのキグです。
この場所がまた良し、ヨットハーバー付きのレストランでのパーティーでちょっと寒かったけど時折外に出ると何とも言えない開放感!夏場はもっと気持ちいいのだろうな、と夏好きの僕は今の寒さが少々身に染みましたが、気にせず次の機会(?)に備えて敷地内を調査です。
DJ Prins Thomasもハウスを中心にいつもながらの心地よいグルーブ満開で、気が付いたらDJ終了まで居てしまいました。
やはり良いパーティーにはDJ、ロケーション、クラウドがいい塩梅に重なることが大事なんだ、と改めて認識しました。スタッフの皆さん、お疲れ様でした、ありがとう。
今回主催したAHB ProductionはTheo ParrishやIdjut Boys、Moodymann等面白いDJを呼んでくれています。次は5月のIdjut Boysかな?機会がありましたら彼等のパーティーをチェックしてみてください、グッド・パーティーに出会えると思います。
http://ahbproduction.com
では、今回はこの辺りで。
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遅ればせながら、最近この本を読みました。
The Paradise Garage誕生と終焉、そしてその前後の状況を克明に記した本、著者はWest End Recordsの創始者の1人メル・シェレンです。個人的にはAIDSという病気の流行がいかに彼と彼の周囲を取り巻く社会を蝕んでいったか、それがどれだけクラブ・カルチャーにダメージを与えたか、という箇所に驚きを覚えました。が、ここはレコードの話を・・・
この本によると、世界最初の12インチはAl Dowing "I'll Be Holding On"と言う曲らしいです。当時Tom MoultonがDJ用にアセテート(数回プレイしたら盤が駄目になる柔らかい素材のレコード盤)を作っていた時、ある日10インチ用のアセテートの素材が無く、時間も無かったので在庫があったLP用の(つまり12インチと同サイズ)ヴァイナルで溝を広げて制作したところ、これまでには聴いたことのないクオリティの音質で再生された、というところから始まったらしいです。このフォーマットをサルソウルがファンのために採用し限定盤で市販(多分タイトルはDouble Exposure "Ten Percent"でしょう)、これが大好評で12インチというフォーマットが急速に広まっていった、と記してあります。やはり、12インチというものは誕生からして音質ありき、クラブ・プレイありきなんですね。
ちなみにB面にインストが収録された初の市販用7インチは Ultra High Frequency "We're On The Right Track"という曲で、当時のDJ達にディスコでのプレイ時に2枚使いの自由さを与え大好評だったらしいです。この曲は後にSouth Shore Commissionのアルバムにもテイク違いが収められています。
これはこの本とは関係の無い話ですが、このアルバムに入っていて今でも耳にするスーパー・クラッシック"Free Man"、なんでも本来はかなり速いBPMで録音されたものらしいのですが、ダンス・フロアーに向かないため、ピッチをかなり落としてアルバムに収録されたらしいです。
『それが証拠に、男性ヴォーカルはこのグループにはいないだろう?』とある大物プロデューサーが言っていた、とあるスジから聞いたので本当かもしれません。
もしこの話が本当ならば、さすがのFree Manもダンス・フロアーの法則からは自由になれなかった、という訳ですか・・・
僕等には永遠に体験出来ないあの時代に思いを馳せ、興味深く読ませて頂きました。
では、今回はこの辺りで。
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コレ、流行りましたね・・・
僕は昔から寝言が多いらしく、人に迷惑をかけたり笑われたりすることが多々あります。よく言われるのは、何語か分からない言葉をぶつぶつ言っているらしいのですが・・・これはきっと夢の高速の時間軸のせいでしょう。以下は、本人には記憶が全く無いのですが・・・
スイスへ一度レコードの買付に行ったときの事です。
何を思ったか、ホテルの一室で横のベッドで寝ていた、当時勤務していた店のオーナーを『ねえねえ』と僕が体を伸ばして揺り起こしました。オーナーは「何やねん」と少々ムッとしながら僕に用事を尋ねると、僕は『上から読んでも下から読んでもスイス、他には何があ〜る?』と訊いたそうです。子供口調で、朝の4時に、熟睡中のオーナーを起こして・・・
起きてからオーナーにその事を聞き、ひたすら申し訳なくて「何の夢見てたんでしょうね?」と謝ると、オーナーは「スイスに来て嬉しかったんちゃう?」と。確かにスイスに足を踏み入れたのは初めてでしたが、あの質問は一体何だったんでしょうか?
また、去年帰省した折、オカンが朝起こしにきた(らしい)時の事です。「ご飯だよ〜」と僕を揺すったところ、何か英語らしき言葉で歌を歌いだして、その直後に『いや、ソレは違う!』と。オカンは「何が『違う』のか?ご飯か?」と驚いていたら、その15秒後くらいに『自転車のカゴに人間が乗るのは仕方が無い!』と強い口調で言い放ったそうです。
コレは意味不明極まりないですね・・・
起きてから他人に自分の寝言の話を聞く度に、どんな夢を見ていたのか知りたくなるのですが、殆んどの場合全く覚えていません。寝言の内容から言って、かなり奇妙な夢に違いないとは思うのですが・・・とりあえず人に迷惑をかけないことから始めてみます。
では、今回はこの辺りで。
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何となく気分でこの写真です
だいぶ昔、エジプトのカイロに行ったときの本当の話です。
まあありがちなんですが、バックパッカーの僕は、ギザのピラミッドの一つに登って地平線から登る朝日を見る、ということを思いついて実行に移すことにしました。昔は昼間でも登れたらしいのですが、バックパッカーの転落死事故があったらしく、昼間は警備員がいて登れません。夜は警備員がいず、たむろしている物乞いに少々バクシーシさえ払えば通報されずに登れる、と情報を仕入れまして、「いけるかな・・・」と期待に胸を膨らませながら深夜にホテルからタクシーで向かいました。
ピラミッドを構成している一つ一つの石、結構大きくて大人の腰以上の高さがあります。当然辺りは真っ暗なので、懐中電灯を頼りに登り始めました。形が崩れている石が多かったので意外と登り易く、途中で休み夜景を見つつ頂上へ。しかし頂上へ近づくにつれ、何故か少し明るいではありませんか。
着くと、そこは割と大きな真四角の平面になっていました。その真ん中でとても小さなものでしたが、焚き火をしている男2人。ギョッとする僕に、「ハーイ!コーヒー飲むか?」と明るく声を掛けて来ました。
あんた等、世界遺産の上で焚き火ですか・・・?
経験上、こういうことをするのはアメリカ人が多かったのですが、やはりその時もアメリカ人バック・パッカー、太陽神をも恐れぬ行為です。しかし僕も笑顔で「サンキュー!」と焚き火で温めたコーヒーを頂き、三人でぼそぼそ話しながら地平線から登る朝日を眺めました。紀元前からこの場所で眺められ続けられてきたであろうガイアの夜明けだ・・・などとカッコつけつつ感慨に浸っていたところ、アメリカ人がデカイおならをして、もう1人が"You Fxxkin' earth call(ass holeのひっかけみたいです・・・)"などと上手いんだか何だかよく分からない事を言ってゲラゲラ笑い、突き落としてやろうかと思いましたが。
現在は夜間でも登れないようになっている、と聞きました。くれぐれも試さないように、ましてや世界遺産の上で焚き火なぞ厳禁です!
僕も反省します、本当にごめんなさい。
では、今回はこの辺りで。
ディスコ好きな方は、
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